マンションは住環境をどう変えたか
〜住環境から見るマンション、マンションから見る住環境、その中で揺れ動く管理組合〜

趣旨説明


岡田 康夫(東北学院大学法学部・准教授)





1 はじめに
 戦後爆発的に普及したマンションは、今や総戸数が約590万戸となり、その居住人口は約1450万人に達している(2012年末現在)。本大会の開催地である仙台市を見てみると、やや古いデータだが2008年10月の時点で分譲マンションストック数は5万7200戸、持家に占める割合は27.3%である(仙台市住宅白書・2011年3月発行)。10年前の1998年における2万5800戸・15.6%から大きく数字を伸ばし、現在でも活発に分譲マンションが建設されている。このように、もはやマンションが一つの居住形態として確固たる地位を持つに至っていることは、改めて指摘するまでもない事実である。
 マンションは新しい住環境を作り出した。それは戸建て住宅で暮らす人々の住環境とは違う、独自の特質を持ち、それゆえにマンションにおける課題の解決にも大きな影響を及ぼしうる。しかしその独自性とはいかなるものなのだろうか。そしてどれだけ意識されているのであろうか。マンションは区分所有という独自の所有制度であり、独自の法律によって規律されている。他方で、戸建て住宅を想定したと思われる法制度が、マンションに対してその独自性への配慮を欠いたまま運用された結果、マンション居住者達の期待や希望がうまく満たされないままになってしまうことがある。東日本大震災を受けた災害対応の場面では、実はこのような出来事が少なからず見受けられたのである。
 本シンポジウムでは、テーマを「マンションは住環境をどう変えたか─住環境からみるマンション/マンションからみる住環境~その中で揺れ動く管理組合」とした。マンション住民相互の人的なつながりが作り出すアメニティに焦点を当て、その独自性に注目しよう。鍵を握るのは管理組合である。このような考察が、近時マンション学会が意欲的に取り組んできたマンションコミュニティ問題(2013年4月の「コミュニティの意義に関するマンション学会の多数意見」公表、2013年10月19日開催の「マンションコミュニティシンポジウム」、マンション学47号「特集1 あらためてコミュニティの意義を考える」)について、問題を根本から見つめ直すきっかけにもなるのではないかと考えている。


2 マンションと住環境
 一口に住環境といっても、その意味内容は多様であり、人によってイメージするものは異なる。マンションの立地条件や周辺の環境が作り出す住み心地の良さという場合もあれば、気密性・遮音性の高い物理的構造によって作り出される快適な室内空間という場合もあろう。こうした中で、マンション住民相互の関係によって培われる人的な関係の良好さに注目しよう。標準管理規約からの条項削除の是非が議論を巻き起こしている、マンションにおけるコミュニティ形成・維持と言い換えてもよい(この議論の詳細はマンション学47号「特集1 改めてコミュニティの意義を考える」を参照)。
 マンション管理におけるコミュニティの重要性は、繰返し指摘されてきた。コミュニティの形成が円滑なマンション管理を生み、マンション住民に良好な住環境を提供することはよく知られている。


・住環境からみるマンション
 ところで、3年前に発生した東日本大震災では仙台市内の多数のマンションが被災したが、災害への対応の中でマンション住民相互の関わりあいの重要さが再認識されることになった。今後の災害へ向けた防災の観点からも、住民によるコミュニティ形成は重要な役割を担うと考えられる。パネラーの阿部氏には、仙台市という行政の立場からみえたマンションの姿を解説していただく、続いて小島氏には、マンション住民としての被災体験を紹介していただいた上で、さらに、住民同士・あるいは行政との関わりの中でマンション住民が違和感を感じ、疑問を覚えた点についても指摘することを通じて、マンションと戸建ての違いが生むズレを浮かび上がらせていただく。


・マンションからみる住環境
 ところで、近隣住民との良好な関係作りは従来から町内会・自治会によって営まれたものであり、その意味では居住の形態に関わりのない一般的なコミュニティ形成の問題である。しかし、現実には戸建て住宅を中心とした地域における近隣コミュニティの形成と、マンションにおけるコミュニティの形成には大きな違いがあるように思える。両者の違いを生み出す源として、マンションの法的構造が作り出す環境にも目を向ける必要があるのではないだろうか。
 マンションの仕組みは、いわゆる区分所有法によって定められている。当初、長屋タイプの集合住宅を想定した民法内の1箇条(旧208条)に過ぎなかった集合住宅の所有制度は、1958年の区分所有法制定、1983年と2002年の2度の大改正(及び2002年のマンション適正化法制定)を経て充実した法制度が整備されてきた。それでは、このような現在のマンション法制度はどのような根本原理に基づいてどのような組織を形成しているのか。パネラーの伊藤氏に、その詳細を解説していただきく、その中では、区分所有者全員によってる管理組合という強制加入団体の存在が浮かび上がる。


3 揺れ動く管理組合
 戸建て住宅の住民によるコミュニティ形成とマンション住民によるコミュニティ形成の違いは、管理組合の位置づけを考えることによって理解できるのではないだろうか。そして、コミュニティ問題をめぐって、管理組合の役割や責任については2つの全く異なる方向性の考え方が存在するのではないかと考えられる。
 松澤氏に提示していただくのは、住環境維持に関する管理組合の役割を限定的に捉える見解である。管理組合は私法である区分所有法で規定される区分所有者の団体であり、直接的には共有財産である建物並びにその敷地及び附属施設の管理を行うものとされているにすぎない。マンション標準管理規約からコミュニティ条項(標準管理規約27条10号、32条15号等)を削除すべきとの提案がなされる背景には、管理組合をこのような財産管理団体として純化する見方が存在する。マンションを「カギ一本で守られる一戸建て」「好意の押しつけから逃れて平穏な私生活が守られる住宅」ととらえるならば、管理組合の役割は必要最小限に留まるべきであり、住民同士の積極的交流はそれを望む者達による任意団体の形成によって行うべきということになろう。ここでは、強制参加の団体における各自の義務・責任を限定することで、各人の自由な生活領域を守る指向が見て取れる。
 これに対して、小林氏には管理組合は積極的な住環境維持の役割を担うべきであるという見解を提示していただく。マンションにおけるコミュニティ形成が必須の重要性を持つならば、管理組合にその担い手としての役割を求めるのはむしろ自然とも考えられる。標準管理規約にコミュニティ条項が定められた歴史はこのような見方に沿うものであろう。自主的に自治会・町内会を結成するマンションではコミュニティ形成への障害は比較的少ないと考えられるが、このような動きの見られないマンションでこそ管理不全等の問題が見られるのであり、別個の任意団体の存在しないマンションでいかにコミュニティをつくってゆくのかがまさに重要な課題である。このとき、自動的に形成される管理組合という団体に積極的な権限と役割を与え、責任を課すことがむしろ必要な解決策ととらえられることになる。
 いずれの考え方も、マンション居住者にとってよりよい住環境をつくり出そうと意図していることに違いはない。法制度に従うと管理組合の活動がどこまでできるのかという視点も交えながら、管理組合にどのような権限・責任を持たせてゆくのがよりよい住環境形成につながるのかを、検討してゆきたい。

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